Accelerate the slowdown(減速を加速せよ)~「Coretrobic O-Nine-O.1」に寄せて(Doctor Two-O-Twoコメント)

文:Doctor Two-O-Two
訳:15PhD
初出:GORGE and GO Magazine 202509

この度、GORGE.INからリリースされたコンピレーションアルバム「Coretrobic O-Nine-O.1」について、私は深い思いと共に筆を執ります。音楽という時間の芸術の媒介を通じて、「Accelerate the slowdown(減速を加速せよ)」という私の哲学が、より豊かに、より鮮やかに響くことを望んで。

ゴルジェという地形、そして音の山脈

まず、「ゴルジェ(Gorge)」について少しお話しさせて下さい。DJ Nangaと呼ばれるオリジネーターが提唱したこのジャンルは、ご存じの通り単なる音楽スタイル以上のものを表しています。音の中に山や峡谷があり、リズム、特にタムがその地形を刻む。自然のリズムと荒ぶる地形のイメージが融合し、標高の高い山稜、急峻な谷、あるいは登山や岩壁での呼吸や疲労感が、音響として翻訳されています。

DJ Nangaによるゴルジェ・パブリック・ライセンス(Gorge Public License)のような神話めいた要素――これらはジャンルの装飾ではなく、本質の一部です。伝説と事実の境を曖昧にすることで、ジャンルはある「場所」だけでなく、「時間」にも属することを許されます。音楽制作/消費/体験のあり方が、ただ速く/ただ新しく、という方向だけではない。峡谷のような深みを掘り下げ、聴き手をその内部へ引き込む場を生み出すというのが私なりのゴルジェの解釈です。

Accelerate the slowdown」の哲学とゴルジェの交差

このコンピレーション・アルバムは、私の哲学「Accelerate the slowdown」を、ゴルジェという音響/文化の土壌の上で実践する試みです。ここでその思想を簡潔に再確認し、その後にゴルジェとの相性を述べましょう。

Accelerate the slowdown(減速を加速せよ)とは、現代の「加速社会」、時間を切り売りする制度や資本主義的な生産性至上主義、テクノロジーによる時間圧縮、通信の過剰な即時性――これらへの単純な反発ではありません。むしろ、「遅さ」を逆説的に深化させる、信頼する、誠実に生きるための方法論です。具体的に二つ挙げてみます。

1)「時間経験の濃縮(Slowness as Intensified Experience)」

遅さそのものが、時間の一瞬を濃く意識させ、存在の深みを立ち現れさせる。瞬間瞬間が「時間が止まったかのように」感じられること――それが遅さを加速させるとはどういうことか、を問い直すこと。

2)「新しい誠実さ(New Sincerity)」

アイロニーや皮肉ではなく、遅さをある種の信仰のように選び抜く態度。時間との付き合い方を変えることで、自己に対して・他者に対してより誠実に、価値を見失わないように。

この哲学は、ただ「ゆっくりしよう」というスローライフのスタンスを超えています。遅くあることをパッシブな逃避とせず、むしろ積極的に遅く在ることを選び、その選び自体を加速させる(より頻繁に、より意図的に、より深く遅さを体験すること)こと。それが「Accelerate the slowdown」の核心です。

このコンピレーション・アルバムの位置づけ:ゴルジェとのつながり

このコンピレーション・アルバムにおける対話について、私が込めた意図を以下に説明します。

1)「遅さの地形を音でなぞること」

ゴルジェがタムを使い「地形」「峡谷」「山登り」の比喩を多用するように、このアルバムでは、音の構造が時間の地形として現れます。緩やかな反復、空間を感じさせる間、余白、ノイズや自然音の挿入、ミニマルなビートとスロー・フォルム。これらを通じて、聴き手は「速さからの距離」を取ることができる。

2)「時間の誠実さを回復する実験であること」

ゴルジェがジャンルとして持つ開かれたライセンス(Gorge Public License)の精神、伝説と現実が混ざりあう語りの形式、そして「Bootists(ブーティスト)」と呼ばれる多数の参加者たちの分散的/非中央集権的な創造性。これらは「Accelerate the slowdown」の誠実さと通じます。ジャンルが「速さ」や「流行」ではなく、「体験」「共感」「存在の痕跡」を大切にする場であることをこのアルバムで示したい。

3)「ゆるやかな抵抗としての速度への抵抗と示唆を示していること」

本作は速度の圧力や生産性の強迫を直接否定するのではなく、速度の構造を逆手に取ることで、遅さの価値を拡張する。このジャンルゴルジェ自体が、クラブミュージックや電子音楽の規範からはみ出す音響表現を取り込んできた歴史があります。私はこのアルバムで、聴き手が「急がないこと」をただの怠慢や非効率と見る社会の論理を問い、「急がないこと」の中にある集中、感受性、解放感を加速させたい。

以上の3つをまずはみなさんにお伝えしたいと思います。

アルバムを聴いて下さるあなたへ

このコンピレーションアルバムをお聴き頂くにあたり、ぜひ以下のことを意識してほしいと願っています。

1)一曲一曲をただ追うのではなく、アルバム全体を通して時間の流れを感じてほしい。曲と曲の間の余韻、間奏、静寂――そこに「減速を加速する」核がある。

2)音の細部に耳を傾けてほしい。ドラムの微かな揺らぎ、空間の広がり、音の立ち上がりと消えるプロセス。これらが「時間の密度」を作る。

3)聴いた後、自分の呼吸、身体の重み、周囲の風景に目を向けてほしい。音楽外の時間が、その音の中で開かれるのを感じてもらえたら、それは私にとって最高の報いです。

結び:未来への遅さ

このコンピレーション・アルバムを経て、「Accelerate the slowdown」がただのキャッチフレーズでも、アート作品としてのテーマでもなく、生き方の選択肢――小さくとも確かなもの――になることを願います。ゴルジェというジャンルが、その選択肢を育ててくれる土壌であり、そしてこのコンピレーションがその土壌に根を張る苗であってほしいのです。

速さが求められる世界で、遅さを選ぶことは勇気です。その勇気を私は「Coretrobic」と名付けました。その勇気を積み重ねていけば、新しい未来の時間感覚を育むことができるはずです。私たちは、今ここで、「減速を加速せよ」という言葉の意味を、音の中で生きていくのです。


Doctor-Two-O-Two-with-DR-220

Doctor Two-O-Two

(南カリフォルニアより、時間と音にいたる旅の途上にて)


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